16年ぶりの越喜来五年祭。その日までの時間

16年ぶりに、人が集まる
「五年祭」と聞くと、この地区でも4年に一度の式年大祭が受け継がれているのだと、単純に考えた。
この地区ではいったいどんな祭りが行われているのだろうとふと思った。
でも、少し調べて、実際に話を聞いてみると、どうも他のところとは少し違うらしい。
新山神社の五年祭は、2026年10月11日に行われる。前回は2010年。
4年に一度のはずなのに、今回は16年ぶりだ。
16年という時間は、やはり長い。
当時踊っていた人が、今は教える側になっている。
当時は子どもだった人が、今度は祭りを担う側になっている。
そして、16年前にはまだ生まれていなかった子どもたちも、今年は祭りに参加する。
今回、特に気になったのが、西区・仲区・南区・泊地区の4地区合同の権現様だ。
浦浜には5つの地区がある。人が減り、以前と同じ形で続けることが難しくなっている中で、今回は4地区が一緒に権現様を踊ることになった。
ただ、話を聞いてみると、単純に「人が減ったから一緒になった」というわけではないことが分かった。
以前、三陸道路の開通時に西区から権現様の依頼を受けた際、周辺の地区に声をかけ、仲区と一緒に踊ったことがあった。その後、越喜来小学校の開校時にも一緒に踊った。
一緒にやってみた。
その経験から、「また一緒にやるのもいいね」という話が生まれ、今回の4地区合同につながっている。
踊りの向こうに、人がいる
今回、権現様を教えている仲区の刈谷さんに話を聞いた。
刈谷さんは
「上手に踊ること」が祭りの一番大切なことではない。誰かが審査するわけでもない。上手い、下手ということが目的ではない。1か月、1か月半と練習をする中で、みんなが集まり、交流することが一番大事なのだという。
祭りは、当日の為にあるのではない。
練習に集まって、顔を合わせる。踊りを教える人がいて、教わる人がいる。普段ならあまり話さない人とも、何度も同じ時間を過ごす。
1か月も一緒にいれば、「この人はこういう人なんだ」「こんなことを考えているんだ」と、少しずつ相手のことが分かってくる。
そして今回は、それが一つの地区の中だけではなく、4地区に広がっている。
地区も違う。経験も違う。年齢も違う。
同じ権現様でも地区によって踊り方が違うため、今回は「地の森」と「小囃子」という2種類の型で踊ることになった。泊地区では7月から練習が始まり、8月20日からは4地区合同の練習が続いている。
今年初めて参加する人もいる。東京や埼玉から移住してきた人も参加しているという。
最初から同じ踊りを知っていたわけではない。それでも何度も一緒に練習するうちに、それぞれについていた踊りの癖も少しずつ抜け、形が揃ってきたという。
違うものを持った人たちが、同じものに向かっていく。
その過程そのものが、今回の五年祭なのかもしれない。
その先に、10月11日がある
刈谷さんは、今回の祭りについて「地域が一つになって、わいわい楽しくやれれば」と話していた。
そして、今回初めて参加する子どもたちにも、「お祭り楽しかったな。また次もやりたいな」と思ってもらえれば、それが一番だという。
その言葉がとても印象的に残った。
五年祭は、本番だけではない。
7月から練習を始めた人がいる。8月から4地区で集まって練習に励んでいる人がいる。初めて権現様を踊る人がいる。16年前に子どもだった人が、今は祭りを担っている。
そうやって人が集まり、練習を重ね、その先に10月11日がある。
今回は浦浜だけではなく、崎浜、甫嶺、上甫嶺など越喜来地区からも参加を募り、越喜来全体で祭りを盛り上げる形になっている。権現様や獅子躍、手踊り、太鼓山車などが披露され、韓国から高敞農楽保存会も参加する予定だという。
2010年には仲区から7体の権現様が出た。
今回は4地区から集まって7体。
数だけを見れば同じ7体でも、その背景は大きく違う。
16年前から続いてきたもの。震災によって途切れたもの。人が減ったことで形を変えたもの。
そして、新しく生まれたつながり。
それらが重なって、今年の五年祭がつくられている。
その時代を生きる人たちが集まり、関わりながら、その時しかできないものをつくっていく。
今回、話を聞いて、練習の様子を見て、私は10月11日の本番だけではなく、そこに至るまでの時間も含めて五年祭なのだと思った。
私はまだ、その景色を知らない。
だからこそ、10月11日、越喜来がどんな景色になるのかを見てみたい。
佐藤

